海外就職-アメリカ

アメリカの企業でインターンとして働いた話

どうも、シンプスです!

今日は、僕が人生で初めてアメリカの企業で働いた話をします。

 

2016年4月、ボストンのキャンパス内でキャリアフェアがあり、僕は片っ端から名刺を配りまくりました。

ところが、好感触の会社はなく、5月から周囲のクラスメートがインターンで働き始めるなか、僕は8月の卒業後に就職する会社を探していました。

すると、人事から一通のメールが。

「是非うちのプロジェクトで働かないか?」

僕は、すぐにでもプロジェクトに参加したい旨の返事をしました。

すると、

「じゃあ明日から来れる?」

そうして僕はインターンで働き始めました。

 

会社名はInvestor Group Services、ボストンのダウンタウンのど真ん中にあるコンサルの会社です。

http://www.igsboston.com/

 

そして初日、

シンプス

初めまして、よろしく!

Ayo

よろしく、私がアナタのトレーナーよ!!

と、いきなり超美人の黒人女性が現れました。

業務内容は、マーケット・リサーチのインターン生として、ひたすら顧客に電話をしてデータ収集をするというもの。

 

そして週一回のミーティングで、リサーチ内容をシニア・ヴァイスプレジデントの前で発表。

 

Pat

シンペイ、どうだった?

シンプス

中国のコンペティター(競合)のリサーチがもっと必要だ!!

 

みたいな感じで自分の意見もぶつけ、彼らのレポート作成に役立てます。

 

プロジェクトは1-2ヶ月かかり、僕はなんとか担当企業の調査を完了しました。

 

Pat

シンペイがいて助かった。本当にありがとう!

 

こうして僕は無事インターンを終えました。

 

アメリカの学生インターンシップ(CPT)では、週20時間以上働いてはいけないという決まりがあり、給料はスズメの涙ほどでしたが、僕は初めてアメリカで自分の力で稼いだお金を見て感動しました。

 

さらに、人事から嬉しいメールが。

「卒業後、ウチに来い。正社員として長期プロジェクトに参加してもらう。」

持ち前の気合と真面目な仕事ぶりが評価されたのでしょう。

 

ただ、僕はすでに内定を一社いただいていたのと、ボストンよりもニューヨークで働きたかったため、辞退しました。

 

もちろん、オフィスに日本人は一人もいませんでした。

僕はここで、「アメリカで働く」という夢を叶えることができました。

 

今でも一緒にプロジェクトに参加したメンバーは、全員覚えています。

(のちに、メンバーの一人ニックとはニューヨークで再会しました。キャピタル・ワンという銀行で働いています。)

ありがとう!!

 

(8/1追記)

当時のボスから、また連絡が。

Pat

シンペイ、お前まだアメリカにいるのか?今のプロジェクトで働かないか?

生真面目に働く日本人は希少価値が高いのでしょう。

僕のような純ドメでもチャンスはあります。

 

 

 

ABOUT ME
シンプス
シンプス
1988年1月7日横浜市に生まれ、3人の姉妹に囲まれてスクスクと育つ。慶應大学を卒業後、世界一インターナショナルなビジネススクールで修士号を取得。その後ウォール・ストリート勤務でH1Bビザを取得、日本で起業に失敗したのち香港に移住を決意。英語オンラインサロン'Yes!'公式アドバイザー。国境を越えたユニークな生き方に興味があります。詳しいプロフィールはこちら